第2回:「海」のはなし【公演まで15日!】

前回は、「クローン羊のドリー」と『かもめのジョナサン』のお話をしました。今回のテーマは「海」。羊や海についての雑記に加え、「むちゅうのドリー」の参考にした日本神話の紹介をしていきます。


・羊と海、「羊水」について

・「母なる海」「国生み神話」について

・ヒルコとアワシマについて①


1.羊と海、「羊水」について

前回、クローン羊のお話をしましたが、羊というのは、欧州文化圏においては非常に重要なモチーフとなっています。聖書によく登場しますし、「迷える羊」なんて言葉はよく目にします。羊と深いかかわりを持つ生活文化が下地にあるのでしょう。近代以降の日本における羊の表象も、聖書や西洋文学の影響を受けていると考えられます。しかし、やはり羊とのかかわりの浅い日本では、その表象上の効果は借り物の域を出ないのかもしれません。

我々にとっては、なじみの薄い「羊」。

今日の1つ目の話題はその「羊」を使った言葉、「羊水」の話です。


なぜ、「羊水」は「羊」に「水」と書くのか、不思議ですよね。羊膜(胎児を包む一番内側の膜)を満たす液だから羊水という、ほんとうにそのままの答えなのですが、じゃあ、どうして羊膜は、「羊」に「膜」と書くのかという、新たな疑問も生まれてきます。

『医学語源大辞典』によると、羊膜は、ギリシャ語で「生贄の血を入れる鉢」という意のamnionが語源だそうです。「生贄の血を入れる鉢」なんて、物騒な…と思いますが、なぜそれが語源となったかについては諸説あるようです。羊水に血が混ざって、生贄の血を入れた鉢のように見えるからとか、羊膜の形が鉢に似ているからとか、やわらかさが仔羊に似ているからとか……。


「羊水」と書かかなければならないところを、「洋水」と書き間違えたことがあります。そもそも、「羊水」なんて書くことは、日常生活ではほとんどないと思うのですが、小中学生の頃の、漢字テストだったか、保健体育のテストだったか、理科のテストだったか。とにかく、「洋水」と誤って書いたとき、「羊水」と「洋」の水、即ち海水が似ていることに、面白いなあと思ったことは、今でも覚えています。

海は「母」と結びつけられて語られることがあります。その点においても、羊水と海に運命的なものを感じてしまいます。



2.「母なる海」「国生み神話」について

「母なる海」ということばがあります。また、文学の中では母胎回帰の表象として海が描かれることもあります。

フランス語や漢字では、それぞれ「母」と「海」に類似性があります。三好達治の「郷愁」という詩の中でも、このことにまつわる表現が出てきますね。フランス語の授業をとっていた昨年の後期、先生がフランス語の歌をよく聞かせてくださって、自分でもいろいろ調べていたときに、セリーヌ・ディオンの《La Mer et L’Enfant》という曲を知りました。邦題は「海と母」です。歌詞がとてもすてきなのでぜひ、日本語訳してみてください。

また、「うみ(海)」と「産み」を関連付ける言説もあります。これはあまり、有力な説ではないようです。私は言語学には暗いので、漢字にしろ、フランス語にしろ、日本語にしろ、「海」と「母」の語源的な関連性は、どの程度あるのかはわかりませんし、関連説に正当性があるか否かの評価もできません。しかし、私が注目したいのは、その論の正確さではありません。わずかな共通点からも、その両者を多少強引にでも結び付けようとする、我々の発想そのものです。私たちの認識には、潜在的に「母」と「海」のつながりが存在しているのかもしれません。


しかし、海とは馴染みなく育ったためでしょうか。

私には、あまり、海に「母」なるものを感じることができません。どんなに穏やかな海を見たとしても、ただただ、底知れぬ恐ろしさを感じるばかりです。

私は神戸の生まれなのですが、海から離れて育ちました。神戸と聞くと港のイメージがあるかもしれませんが、私が住んでいたのは、ずっと奥の山の方です。地元の盆踊りは、「はぁ~ここは神戸の奥座敷~」と始まるくらいです。中学校は山の中腹にあって、天気のいい日は美術室から、明石海峡大橋が見えました。

明石海峡大橋は、神戸市と淡路島をつないでいます。


昨年は、帰省した折に、祖父と母と三人で、淡路島に行きました。淡路島の中でも、今まで行ったことのない所がいいよね、という話になり、私のリクエストで、伊邪那岐神宮に行くことになりました。

なんで、伊邪那岐神宮? と、母に聞かれました。

大した理由はありません。単に、日本神話に興味があって「伊邪那岐」に反応しただけです。私は永遠の中二病なので、神話が大好きなんです。どちらかというと、『日本書紀』より『古事記』のほうが好きです。


例えば、『古事記』には伊邪那岐と伊邪那美が登場する「黄泉の国神話」があります。これは、『日本書紀』にはありません。「黄泉の国神話」は、ざっくり説明すると次のような話です。

火の神の出産で死んだ伊邪那美に会うために、伊邪那岐は黄泉の国まで追いかけます。ところが、伊邪那美は冥界の食物を口にしてしまっていたため、伊邪那岐と共にこの世に戻ることができませんでした。そこで、黄泉神に相談することにしたのですが、伊邪那美は、いいと言うまでは、決して中を見ないようにと伊邪那岐に言います。しかし、こういう物語型で、約束を守る男なんていません。伊邪那岐はしびれを切らして、中に入ってしまいます。すると、そこにはみにくい死体となった伊邪那美がいました。約束を破った伊邪那岐は逃げ出し、伊邪那美はそれを女鬼たちに追わせます。最後には伊邪那美自身が伊邪那岐を追いますが、伊邪那岐は黄泉平坂を岩でふさいで、事なきを得ました。そのとき、岩で隔てられたあの世のこの世、伊邪那美と伊邪那岐の間で、だいたい次のような言葉が交わされます。

「わが夫神よ、このしかえしに、あなたの国の人間を一日に千人ずつ絞め殺します」

「わが妻神よ、私は一日に千五百の産屋を立てるから、いっこうかまわない」

神代の夫婦喧嘩はすさまじいですね。

3:2=出生数:死亡数

この割合で人が死に、生まれるのであれば、人口は増え続けるわけです。ほうとうにそうだったら、どんなによかったでしょうね。これは、子どもが生まれてもすぐに死んでしまう古代の人々の望みでもあったのかもしれません。


さて、余談が長くなってしまいましたが、「むちゅうのドリー」は、『古事記』における「国生み神話」を参考としています。国生み神話にも、伊邪那岐と伊邪那美が登場します。

この二柱の神様は、日本建設のためにたくさんの神様を生むのですが、初めに生んだのは、「ヒルコ」。次が「アワシマ」。なんと、どちらも、伊邪那岐と伊邪那美が生んだ神や国土としてカウントされていません。



3.ヒルコとアワシマについて①

「むちゅうのドリー」を書くきっかけのひとつとなったのが、大学1年生のときに受講した日本文学史の講義です。『源氏物語』の光源氏が「流された」章段についての講釈から、『竹取物語』など他の「貴種流離譚」に繋がり、ヒルコとアワシマの物語も紹介されました。この講義にかなり影響を受けて、「むちゅうのドリー」を書き始めたことを覚えています。

さて、ヒルコとアワシマの物語の概要を説明しましょう。ヒルコとアワシマが登場するのは、国生み神話の冒頭ですから、先ほど説明した黄泉の国神話よりも時系列的には早い頃の話になります。

伊邪那岐と伊邪那美は、海の水をかき回してオノゴロ島をつくると、そこに降り立ち、互いの肉体を合わせて契りを結び、国を生むことにしました。柱の周りをそれぞれ反対方向に回り、伊邪那美から声をかけ、契りを結んだのですが、生まれてきたのは、不具の子・ヒルコでした。ヒルコは葦舟に乗せられて、海に流されてしまいます。同じ方法で次に生まれたアワシマも、ヒルコと同様、後に生む神や国土のようにその数に入れてもらえるような子ではありませんでした。その後、伊邪那美からではなく伊邪那岐から声をかけて契りを結ぶことで、国生みは成功していきます。


『古事記』の世界では海に流されてしまったヒルコですが、そのヒルコが流れ着いたとする伝承は全国各地に残されているようです。また、えびす様など『古事記』や『日本書紀』とは別文脈の神様と結びつけられ、祀られるようにもなりました。

例えば、兵庫県西宮市にある「えびす宮総本社」の西宮神社に残されている由緒では、鳴尾(西宮市)に住む漁師が御神像のようなものを拾って、一度は捨てたものの神戸の和田岬辺りで再び海から引き揚げたため、それを持ち帰ってお祀りしたところ、夢の中で、その御神像のようなものは自らをヒルコだと名乗ったのだとか。その後、漁師はヒルコを連れて良き宮地を探し歩き、行きついたのがその西宮神社となった地だそうです。

では、アワシマはどうでしょうか。「淡嶋神」を祀る神社はあるようですが、この淡嶋神という神は少彦名命と結びつけて考えられることが多いるようです。淡嶋神の正体には諸説あり、ヒルコの次に生まれた「アワシマ」だとする説もあるようですが、確実性はありません。また、アワシマにはヒルコほど多くの伝承が残されているとはいえません。


『古事記』の中では、国生み神話の冒頭で一度登場したきり、その後どうなったのかわからないヒルコ(とアワシマ)でしたが、日本各地でその物語の続きが現れます。

そこには流離する存在への共感やあわれみがあったのではないか、ということを講義の中で先生がおっしゃっていました。なんだか、その感覚、すごくわかる気がします。




本日のテーマは以上です。ヒルコは葦舟に乗せられて海に流されました。流離する存在、そして舟。これらのキーワードについては、また、別の回でもう一度お話しできたらと思います。

……いや、長くなりました。ほんと、すみません。第1回のときに、次回は端的に説明するとか何とか言ったくせに、何だこの体たらくは。ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。

それでは、第3回もお楽しみに。

(脚本・演出 久野さい)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

山口大学演劇サークル劇団笛令和六年度冬公演

『むちゅうのドリー』

日時   :2025年2月6日(木)19:00~/ 2月7日(金)18:00~ (開演30分前から入場可能)

公演時間 :約120分

会場   :クリエイティブ・スペース赤れんが ホールⅡ (山口市中河原町5-12)

入場料  :学生1000円  一般:1200円

     (当日は各300円増、ご予約は2025年2月5日までにお願いいたします))

連絡先  :MAIL gekidanfue@yahoo.co.jp

      WEB gekidan-fue.amebaownd.com

         X @gekidan_fue

    Instagram @gekidanfue  

劇団笛2024年度冬公演 公式ホームページ

山口大学演劇サークル 劇団笛 令和6年度冬公演「むちゅうのドリー」の特設サイトです。 公演に関する情報を発信していきます。

0コメント

  • 1000 / 1000